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美輪明宏さんの 「愛の讃歌」 について [美輪明宏]

以前こちらのブログで書かせていただいたことがあるかもしれませんが

私は最近 「iTunes Store」 さんでの楽曲の購入にハマっています


理由は 1曲 「¥150」 ~ 「¥250」安く購入ができることが一番大きいです


これまではずっとCDのレンタルを利用していたのですが

アルバムをレンタルしてきても結局聴く曲ってその中の1曲か2曲だけなんですよね


それならば 「iTunes Store」 さんを利用してみようと思ったのがハマったきっかけでした


いろんな策曲を購入して

今まではまったく知らなかったアーティストさんを知っていって

購入前に視聴ができるのもいいですね


できれば 私が購入した楽曲私が知ったアーティストさんなどを

ご紹介できればな~と思っています





そこで今日は私が購入した楽曲の中から

美輪明宏さんをご紹介したいと思います



美輪さんといえば 昨年

2012年12月31日紅白歌合戦「ヨイトマケの唄」 を歌われて

とても大きな反響があったので知らない方はいないと思います


私は年末はといえば こちらのブログに書かせてただいたかもしれませんが

ボクシングINOKI BOM-BA-YE2012を見ただけで

あとはブログの更新やら何やらをしていて年を越したので

紅白歌合戦はまったく見ていませんでした



そこで今年に入って紅白歌合戦美輪さんが歌われた歌がとてもスゴかったということを知り

「iTunes Store」 さんで 「ヨイトマケの唄」 を探してみて視聴してみようと思いました



美輪さんのアルバム (ベストアルバムになるのかな?) はすぐに見つかりました


そしてその中の 1曲目「ヨイトマケの唄」 が収録されていました



早速 視聴してみようと思い視聴ボタンクリックしました・・・が



言い訳になるかもしれませんが このとき 私は 「とてつもなく強い睡魔」 に襲われていました



私自身は視聴ボタンクリックしたつもりでしたが

間違えて 購入ボタンをクリックしてしまったのです



そこでダウンロードが始まり 私は事の重大さに ようやく気がつきました


でも 私はかなり冷静購入してしまったのならしょうがないと思い

それならばもう1曲購入しようと思いました



そこで 視聴もせずに美輪さんの 「愛の讃歌」 を購入しました




「ヨイトマケの唄」 に関しましては

どんな曲なのか?

どれだけスゴイ曲なのか?

皆さんご存知だと思いますのでこちらではあえて書く必要がないと思います



私が今日書きたいのは美輪明宏さんの歌われている 「愛の讃歌」 です



私が初めて 「愛の讃歌」 という曲を聴いたのは

いつ頃どなたが歌っていたのかまでは覚えていませんが

日本語の歌詞のものでした



それからしばらく経ち (おそらく 2000年頃だったと思いますが) 実はこの 「愛の讃歌」 という曲は

フランスシャンソン歌手 「EDITH PIAF (エディット ピアフ) 」 さんの曲だということを知りました


私はどうしても 原曲を聴いてみたいと思い スグにCD屋さんへと行き 「ベストアルバム」 を購入しました



私が購入したアルバムはこちらです




私はこのCDを購入して 初めて原曲を聴き 原曲の歌詞 (日本語に訳されたもの) を知り

「愛の讃歌」 という曲の本当の歌詞のスゴさを知りました





そして 日本語で歌われている 「愛の讃歌」歌詞がどれだけチープなものだったのかを初めて思い知らされました







エディット ピアフさんを ご存知ない方のために また 「Wikipedia」 さんから引用させていただき説明をさせていただきますが

このエディット ピアフさんという方の人生はとてつもなく凄まじい人生だということを理解して お読みになってください


「EDITH PIAF (エディット ピアフ) 」

生誕日:1915年12月19日

命日:1963年10月11日


フランスで最も愛されている歌手の一人
であり 国民的象徴であった


彼女の音楽は傷心的な声を伴った痛切なバラードであり

その悲劇的な生涯を反映していたのが特徴
であった

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有名な曲としては

「ばら色の人生 『(原題) La vie en rose』 」 (1946年)

「愛の讃歌 『(原題) Hymne à l'amour』 」 (1949年)

「ミロール 『(原題) Milord』 」 (1959年)

「水に流して 『(原題) Non, je ne regrette rien』 」 (1960年)


などがある

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生い立ち

彼女はエディット・ジョヴァンナ・ガション (Édith Giovanna Gassion) として

パリの貧しい地区ベルヴィル (Belleville) に生まれた


ピアフはベルヴィル街72の路上で生まれたという伝説があるが

出生証明書によればベルヴィルのテノン病院で誕生したというのが事実である


エディットという名はドイツ軍に処刑された

イギリス人看護婦イーディス・キャヴェル (Edith Cavell) にちなんでいる

(キャベルが処刑されたのはこの年の10月でパリでも大きな話題となっていたのだ)

(ちなみにパリジャンの俗語で雀を意味するピアフが彼女のニックネームになるのは20年後のことである)



母親のアンネッテ・ジョヴァンナ・メラール (Annetta Giovanna Maillard, 1898-1945)

イタリア系であり 出産当時17歳であった


彼女はリヴォルノの出身でリーヌ・マルサ (Line Marsa) の芸名のもと

カフェのシンガーとして働いていた


エディットのミドルネーム 「ジョヴァンナ」 は母親からのものであった



父親のルイス=アルフォンス・ガション (Louis-Alphonse Gassion, 1881-1944)

過去に劇場で演技をしたこともある大道芸人であった


両親は経済的に貧しく幼いエディットを養う経済的な余裕がなかったため

まもなく母方の祖母の元に短期間預けられた


しかし彼女はエディットを忌み嫌い育児そのものを拒否したため

ほどなく父親はエディットを ノルマンディーで売春宿を営んでいた自らの母親の元に連れて行った


その後 1916年フランス軍に入隊する


こうしてエディットは 早い時期から娼婦やさまざまな売春宿への訪問者と接触をもち

このような状況は彼女の人格と人生観に強いインパクトを与えた




3歳から7歳にかけて彼女は角膜炎で目が見えなかった

ピアフの伝説の一部として 祖母の元で働く娼婦がリジューのテレーズへ巡礼を行った後に

エディットの視力が回復したというものがある



1929年になるとエディットは大道芸をする父と行動を共にする


その後 1930年には父に反発して

グラン・オテル・ドゥ・クレルモン (Grand Hôtel de Clermont) に一室を取り

父と別れてパリ郊外でのストリート・シンガーとして自身の道を歩むようになる



彼女は 16歳で御用聞きの少年 ルイ・デュポンと恋に落ち

まもなく子供を産んでいる


生まれた女の赤ん坊
マルセルと命名されたが

2年後に小児性髄膜炎でこの世を去った

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歌手活動  第二次大戦期まで

1935年にエディットはナイトクラブのオーナー ルイ・ルプレー (Louis Leplée) によって見出され

彼の店で歌を歌うようになる



そのナイトクラブは上流、下流両階層の客達が出入りしていた

ルイは彼女が極端な神経質だったにもかかわらず 店への出演を説得した


エディットの身長は142cmにすぎず その小柄な体からルイは彼女に

後の芸名となる 「小さなスズメ (La Môme Piaf) 」 の愛称を与えた


彼女の最初のレコードはこの年に録音された


ほどなくルイは殺害され、ピアフはその共犯者であると告発されるが

無罪とされた


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歌手活動  第二次大戦後

戦後 彼女は世界的な人気を得

ヨーロッパ
 アメリカ合衆国 南アメリカで公演旅行を行った

ピアフのアメリカでの人気 『エド・サリヴァン・ショー』 へ8度も出演するほどのものであった


1947年アメリカ初公演では大女優で歌手でもある マレーネ・ディートリッヒ とも知友を結び

以後2人は生涯にわたる親友となった



フランス語を話せたディートリッヒは

ピアフの 「ばら色の人生」 を自らの持ち歌に加えて歌っている



彼女はシャルル・アズナヴールのデビューを手助けし

自らのフランス アメリカでの公演旅行に同伴させた


アズナブールの他にも >イヴ・モンタン ジルベール・ベコー ジョルジュ・ムスタキなど

ピアフに才能を見出された歌手は多い


ピアフの生涯の大恋愛プロボクサーのマルセル・セルダンとのものであるが

セルダン1949年飛行機事故死している


1951年にピアフは自動車事故に遭い

その後深刻なモルヒネ中毒に苦しんだ


ピアフは2度結婚しており 最初の夫は歌手のジャック・パル (Jacques Pills) であった

2人は1952年に結婚し 1956年に離婚した


2人目の夫はヘアドレッサーから歌手・俳優へ転身した

テオファニス・ランボウカス (Theophanis Lamboukas, 「テオ・サラポ」 の名で知られる)
であった

サラポはピアフよりも20歳も若かったが ピアフの大ファンであったことが昂じて交際するようになり

2人はマレーネ・ディートリッヒの介添えのもと 1962年に結婚した


夫であるサラポは 妻ピアフの死後

妻の残した多額の借金を独力ですべて返済した


パリの 「オランピア劇場」ピアフが名声を得た場所であり

またピアフが病死する数ヶ月前に 衰弱してようやく立てるという体調でコンサートを開いた場所でもある

1963年 ピアフは最後の曲 「ベルリンの男 (原題) L'homme de Berlin」 を録音している

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47歳になってまもなくの 1963年10月10日 ピアフはリヴィエラで癌により死去する

死はその翌日に公表されたが 同日友人のジャン・コクトーが死去した

ピアフの死に衝撃を隠せず 「何ということだ」 と言いながら寝室へ入り

そのまま心臓発作で息を引き取ったという



彼女の公式の命日死が公表された10月11日とされている

遺体はパリのペール・ラシェーズ墓地に埋葬された


彼女のそのライフスタイルゆえに

カトリック教会のパリ大司教は葬儀におけるミサの執行を許さなかったが

葬儀には無数の死を悼む人々が路上に現れ葬列を見送り

パリ中の商店が弔意を表して休業し喪に服した


墓地での葬儀は40,000人以上のファンで混雑した


シャルル・アズナブールは第二次世界大戦後

パリの交通が完全にストップしたのはピアフの葬儀の時だけだったと述懐している


パリ11区のクレスパン・ドゥ・ガスト通り (Rue Crespin du Gast) 5番地

エディット・ピアフ博物館がある


今日 彼女はフランスで最も偉大な歌手の一人として記憶され 尊敬されている

フランスではいまだに彼女のレコードが売れ続けている


彼女の生涯は悲劇的な私生活一連の名声

そしてステージ上で轟くような力を備えた声と

華奢で小さな姿がコントラストとして現れたもの
であった

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<Wikipedia より 引用>




私はエディット ピアフさんの曲・・・といっても

購入したCDを1枚しか持っていないので

20曲しか聴いたことがないのですが

「愛の讃歌」 が一番大好きです




これほどまでに素直な心をさらけ出した Love Song が今まであったでしょうか?



いま人気のある歌手の方々が歌われている歌詞には


「愛してる」 「あなたが好き」 「傍にいて」 「離れたくない」


といった言葉がとても多く使われていて

どのアーティストさんの曲を聴いても

歌詞が似たり寄ったり



それに加え 最近人気があるのはそういった言葉ばかりが多く出てくる 「Love Song」 ばかり




私は別にアーティストさんを批判したいわけではありませんが

どうしても今の曲は私には受け入れられないものばかりなので

こういう書き方になってしまいます





私が音楽を聴く場合

必ず大音量で聴いています



日中はまだPCのスピーカーを大音量にして聴いていてもいいのですが

さすがに深夜ともなれば家族に迷惑がかかります



なので 深夜に何か作業するときや 音楽を聴くときは

インナーイヤフォンを使用して

大音量で聴いています




美輪さんの 「愛の讃歌」 は深夜に購入したので

イヤフォン越しに大音量で聴いてみました





正直言って 「愛の讃歌」 をカバーされているアーティストさんがとても多い中で

美輪さんの歌われている曲が一番だと思いました




私は楽曲をカバーする際

絶対にアレンジは変えて欲しくないという気持ちがとても強いんです


美輪さんの歌われている曲は

曲の時間を見てみると 原曲よりも長かったので イヤな予感がしていました・・・が


その考えは見事に打ち砕かれました




何故 美輪さんの曲の方が 原曲よりも長いのか



それは美輪さん自身が 原曲の歌詞を訳したものをセリフとして曲に入る前に語っているからです



そして肝心の曲の歌詞はというと 美輪さんの場合は 原曲通りのフランス語で歌われています



これは私にとってとても意外でした



そして その訳された詩をセリフにして語ることで

まるでエディット ピアフさんの心を代弁しているかのように聴こえてきて

私は セリフの部分から最後まで 涙が止まりませんでした




私は 美輪明宏さんという方はテレビでしか見たことがなく

また その派手な風貌から 一体どんな感じで歌われるんだろうと思っていましたが

今回 美輪さんの曲を 2曲購入したことで

少しだけかもしれませんが 美輪明宏さんという方のスゴさが わかった気がします




今 とても思うことがあります



1度でいいから 生で 美輪さんの出演されていらっしゃる

「愛の讃歌 エディット ピアフ物語」 を観てみたいと思うのであります

美輪明宏全曲集2013



1曲ごとの価格 ¥250


上記の曲名の左にあります 『再生ボタン』 をクリックしていただければ このページのまま視聴ができます


タイトルや価格の下にある 『表示ボタン』 をクリックしていただければ 新しいタブで曲の詳細ページが開きます

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<視聴ができない場合>.

もし 視聴ができない場合は Quick Time Player の新バージョンをインストール

またはアップデートをしてブラウザを再起動させてみてください


iTunesの視聴ができるウィジェットを表示させてある記事の場合は

Quick Time Player を許可させるかどうかの表示が出るときがあります


その表示がされた際は 必ず許可させてください


それでも視聴できない場合はパソコンを再起動させてみてください




チナリより <(_ _)>



感動されること間違いなしだと思います!!



ぜひ視聴してみてください

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